2012年9月22日土曜日

無人島レコード

どうも、森は生きているの歌担当、竹川と申します。 今日は新しく入った鍵盤奏者さんと顔合わせを兼ねた練習(セッション?)でした。楽しかったなぁ。増村さん然り、このバンドがどんどんいい方向に向かってるのをすごく感じます。これからに期待。 それはさておき、この間バンドメンバーで飲んできました。いろいろな話をしたんですけど、結論からいうと、【竹川のエロを全面に出していこう】ということでした。僕にはよく分からないです。 そんな飲み会の中で、もし無人島に行く事になったらもっていくレコード(通称「無人島レコード」)という話題になりました。その中で僕が挙げた無人島レコードを今日は紹介したいと思います。
Talahomi way/The High Llamas このアルバムは2011年に出した彼らの一番新しいアルバムなのですが、僕がこの一枚を買うきっかけ(というかハイ・ラマズを知るきっかけ)となったのが、今年の冬にあったde la fantasiaというイベントでした。このイベントには星野源やらジムオルークやら細野さんやら、メンバーの好きなミュージシャンが一同に集まった素晴らしいものだったのですが、このイベントのトリを務めたのがHigh llamasでした。僕は正直、変な名前のバンドだなぁという印象しか最初はなかったのですが、一曲目を聴いて、鳥肌がたちました。うまく言えないのですがとにかく曲の完成度がすばらしかった。まあ無人島レコードになるぐらいだから素晴らしいのがそこだけじゃないのは言わずもがななんですが僕は歌うたいのくせして圧倒的語彙力不足なのでこの素晴らしさは後に増村さんに説明して頂きましょう。(笑)そんなHigh Llamasにただただ感動して今僕は完全にソフトロック好きと化してしまいました。某ソフトロックマニアの影響ではないです。多分。 休日の昼間にBGMとして流すのも最適な一枚じゃないかと僕は思っています。さらっと聞き流せるのもソフトロックの良さなのかなと思ったり思わなかったり・・・ 今日はこれくらいにしときます。あっ語彙力がないのは割とコンプレックスだったりもするのでこれからは積極的に読書をしていこうかなと思います。10月の課題図書は梶井基次郎の全集です。全一巻です。頑張ります。読み終わったら読書感想文をここに挙げることを誓います。頑張ります。おやすみなさい。

2012年9月15日土曜日

はっぴいえんど - Happy End

専ら日本語ロックなんて蔑ろに音楽を聴き続けて来ました。

高校生になると、ぽつぽつオリジナル曲を演奏する同じ世代のバンドが現れ始めました。
自分の音に、自分の言葉をのっけて歌う彼らの姿は、偽コンボジャズバンドで歌無し曲を演奏していた僕にとって、かなり衝撃的でした。

そして例の如く負けず嫌いな僕は「おれもやったろやないか」と思い立ち、まず資料集めに今はなき国立のdiskunionへ向かいました。

「はっぴいえんど」という魔法の言葉のような名前のバンドは昔雑誌で見て記憶に残っていました。白地に4人の男のむさい顔が浮かび上がっている絵と共に。

さて「ふうがいろまん」買うぞと!(「かぜまち」と読むと知るのは半年後)意気込んで「は」のCD棚の前へ、「はっぴいえんど」欄を見つけかがみ込むと、1枚のCDが背表紙を覗かせていました。手に取るとそれは「むさい男たち」の顔でなく、50sアメリカン、「例のブツ」よりは大分清涼感のある男女のアップ写真でした。

うーむと考え、手ぶらでレコード屋を出るのも癪なのでその一枚をお土産にして行く事にしました。

その帰り道「日本語ロック、歌詞を書くには本を読まなならん」と思い、近所の本屋でS.キングの「スタンド・バイ・ミー」と村上龍さんの「限りなく透明に近いブルー」、そしてこのアルバムを聴く度になぜかイメージの重なる、村上春樹さんの「ノルウェイの森」を買ったのでした。「朝の読書週間」に「ドラえもん」を読み続けた僕には初めての読書体験でした。

さてその内容ですが1曲目「風来坊」では管楽器が入っていたり、全編通して程よいブラックフィーリンが感じられたり、当時ソウル、ジャズ狂だった僕には取っ付きやすい一枚でした。いきなし「風街ろまん」からはいっていたら、また違う感じ方をしたかもしれません...

録音は西海岸ロスの「サンセットスタジオ」にて。隣の部屋では丁度、リトルフィートのあの名鑑の録音が行われていたというのは有名な話。

そして実はこれが今でも僕の「ベストはっぴいえんレコード」でもあります。もちろん前作「風街ろまん」は誰も文句の付けようのない世紀の名鑑。この次のティンパンの「キャラメルママ」、そして大滝さんのソロ作も、のちのCity Popの記念碑的作品、大名鑑であります。

しかし僕はその名鑑に挟まれた、フォーキーでメロウで、泥臭さも感じさせながらも洗練されたこの1枚がとてもお気に入りです。

岡田





2012年9月2日日曜日

Hal David & Burt Bacharach - What The World Needs Now Is Love

バカラックとのコンビで知られ、「遥かなる影」、「サンホセへの道」など数多くのヒット曲を生み出してきた作詞家ハルデヴィッドさんが亡くなられました。享年91歳。合掌。
   
WHAT THE WORLD NEEDS NOW IS LOVE
(世界は愛を求めている)




今、世界が必要なものは愛、やさしい愛


愛だけがあまりにも少なすぎるから


今、世界が必要なものは愛、すてきな愛

一握りの人の為じゃなく、皆の為の愛



神様、余分な山はいりません


登るための山も丘も十分あるんです


渡るための海や川も十分あるんです


この世が終わるまで十分にあるんです



神様、もう、これ以上農場はいりません


充分に収穫できるとうもろこし畑も麦畑もあります


輝く太陽の光も月の光も十分あるんです


だから神様、耳を貸してください


もし、知る気のあるのなら・・・




岡田






2012年8月31日金曜日

The Floating House Band - The Floating House Band

アナログレコードの魅力って音が良いとかなんだ以前に、ジャケットがデッカいところだと僕は思います。CDのそれとは比べ物にならないほど迫力があるわけでして、プレーヤーを入手したばかりの頃は、お気に入りのジャケットのレコードをCDでも持ってるにもかかわらず何枚も買い漁ったものです。

そう僕にとってレコードを買うというのは、45分間の音楽とともに、31.5×31.5cmの写真または絵画を買うという事だと思います。

さて話はそれましたが、そうしてレコードにシフトチェンジしてからアートワークへの関心も次第に強くなっていきました。そしてたまたま手に取ったレコードのアートワークに引き込まれ中身も聴かずに買ってしまうという、いわゆる「ジャケ買い」というものをするようになりました。Cross CountryやYoungbloodsといった、普通に生活しているだけでは絶対に出会わないであろう音楽たちも、素敵なアートワークが目を引き出会う事ができました。

そして本盤「The Floating House Band」も、その「ジャケ買い」で偶然引き合わされた一枚でした。

1968年作。John Fahey主宰のTAKOMAレコーズからリリースされた一枚。

STONE PONEYSに在籍していたBOBBY KIMMELやSHEP COOKEを中心とした3人組み。
「CSNを彷彿させるフォーク・ロックサウンド...」などと紹介される事が多いが、リリース自体はこちらの方が先。

TAKOMAらしいきらびやかなアコースティック・ギター・サウンドに、裏ジャケのもさいメンバーの写真からは想像もつかない美しいハーモニー、前途でも触れましたが、よく引き合いに出されるCSNとはまた異なるアシッド感の一切無い、オーガニックなフォークロックを聴かせてくれます。

そして表のジャケに所々みられる東洋趣味にクスリとさせられます。
最高の一枚。

岡田






2012年8月23日木曜日

The Beach Boys - Holland



別に誰に祝ってくれと言っている訳ではありませんが、
昨日は僕の21回目の誕生日でした。

藤子F不二雄ミュージアムに連れてってもらい、
夏休みのちびっ子たちに混じってはしゃいできました。

そしていつものごとく自分へのお祝いに、1枚レコードを買ってきました。


The Beach Boys - Holland

1973年作。1966年後半「Good Vibration」の世界的ヒット以降、ビーチボーイズは長い売り上げ不振が続く。そして1967年、リーダーであるブライアンが未完の名盤「Smile」の制作に没頭している間に世界の音楽シーンは目まぐるしい変化を遂げる。ビートルズが「Sgt」を発表したのを皮切りに、ドアーズの1stが全米でトップに、その夏モントレーにて超新星ジミ・ヘンドリックスは「サーフィンミュージックは終わった」とステージで宣言した。ブライアンが緻密に作り上げたシンフォニックな新しいロックサウンドは1年で過去の産物と化す。その出来事が彼に大きな精神的ダメージを与えたであろう事は想像に難くない。結局「Smile」の制作を放棄してしまう。

その後、ビーチボーイズは良質な最先端のロックアルバムを何枚も制作するが、彼らの持つサーフィン、ホットロッド、健康的で時代遅れなイメージはぬぐい去れず、売り上げ的には長い低迷期を迎える。度重なるメンバーの不和、脱退。ブライアンのドラッグ、アルコール癖は深刻化していく。

そして1972年。当時バンドのマネージメント面で大きな力を持っていた広報ジャック・ライリーはこの状況を危惧し、新たな環境で音楽作り専念できるようメンバーに対して、以前ツアーで出向いた際に気に入ったオランダへ家族ぐるみでの移住を提案。(しかしこのもっともらしい移住理由はあくまで立て前であり、ライリーの移住願望の本心は、手軽にマリファナが手に入り、尚かつ、お気に入りのテレビ番組の再放送がオランダで放映されていたから、という逸話も某雑誌で読んだのだが、真相はいかほど)

そんなこんなで半ば強引にメンバーを移住させ制作したのがこの一枚である。

僕はブライアンとヴァン・ダイクの共作である本アルバム1曲目の「Sail On, Sailor 」を先日の来日公演で初めて聴いて以来お気に入りです。この曲が「Smiley Smile」以降のビーチボーイズを探求するきっかけになりました。

本作の最も特異な点、ボーナスとして加えられたEP、ブライアンによるおとぎ話『ヴァーノン山と小道』が付属するところ…ということなのですが、僕の個体にはリイシューのためか、はたまたその内容のクソさに前の持ち主が叩き割ってしまったためか付属していませんでした。

さて肝心の売り上げは全米37位とまずまずでありました。しかし渡蘭に莫大な経費をつぎ込み、また男性スタッフとの性的関係が発露したライリーはこのアルバムを最後に解雇される事となります。

しかし何はともあれ、70sビーチボーイズのアダルトな(AOR的とでも言うのか)雰囲気が楽しめる良質な1枚でありました。

岡田